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こんにちわー!ゆうです!

今日は期末テストの初日でした。手ごたえは、まずまずと言ったところ、やったことがそのまま自分に返ってきた感じですね。今回のテストは前半戦に重い科目が被るという、地獄のような日程なのですがまあ、やれることはやります。はい。

今日は午前中で終わったので部活のメンツでランチへ行き、家に帰ってから休憩して勉強という流れでした。私は川越住みではないので帰りに電車を使うのですが、ふと電車の音に耳を傾けてみると、ガタンゴトンとTHE電車★という感じの音が聞こえまして、ノスタルジックになりました。当たり前と言えば当たり前のことなのですが、擬音って幼少時代を思い起こさせる効果があるなあと実感しました。私は小さいころ電車が好きだったそうなので、その気持ちが一層強かったのかもしれません。
そもそも擬音には不思議だなあと思うことがありまして、辞書に載っているわけでもないのに多くの国民が普遍の認識を持っていますよね。皆が同じように教わったからでしょうか。であるならば、一体擬音の初めはどこにあるのでしょう。もしも始まりが文明を築く前なら、世界中どこの国でもその擬音が通じるような気がします。そしてもしも擬音が5000年も前から存在していたとしたら、なんだか擬音を使うのに重さを感じてしまいますね。
人の耳はそう聞こうと思えば何にでも聞き間違えられるとよく耳にします。「猫がしゃべった!」とかがわかりやすい例ですね。もしも犬の鳴き声は「ワンワン」ではなく、「ガーガー」だと教えられていたら、歴史は変わっていたでしょうか。擬音が人体に及ぼす影響というものは研究のし甲斐がありそうですね。


とまあ、先日までの流れを引き継いで哲学っぽいものを綴ってみたわけですが、鷲田清一さん(現代文の授業でよく目にする人)にはなれないと、心の底から思いました。
更新遅くなりすみません。それでは。

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